ひとりで留守番をしているリハビリ中のお母様へのお料理
きちんと作られたできたてのものを料理ができない間も食べさせたい
高齢になって足腰が弱ってくると、ちょっとした段差で転んだりします。
普段は犬のお散歩や買い物など、よく歩かれる元気なお母様ですが、最近なにかと工事の多い渋谷駅に出かけられた際、足場の悪いところで転ばれて大腿骨を骨折されてしまいました。ギブスが外れた今もリハビリ中です。
今回はその娘さんのお嬢様からのご依頼でした。
スタイリストとしてご活躍中のお嬢様は、仕事柄海外出張も多く、今回も10日間程ニューヨーク出張のため、留守中の母親の食事の面倒を見てほしいとのご依頼でした。
キレイ好きでチリひとつない、几帳面なお母様ですが、お料理はどちらかというと苦手。料理好きのお嬢様が普段は担当されています。
母娘二人暮らしのためお嬢様が出張の期間、リハビリ中のお母様の食事をどうするかで悩まれた そうです。宅配のお弁当なども考えたそうですが、何か味気なく、味付けも濃く、甘いものが多いので、やはりきちんと作られた、できたてのものを食べさせたいとのことでご依頼いただきました。普段お母様のためにお料理しているお嬢様からのご要望は次のようなものでした。
「母が苦手なものはアボガド、パクチーです。あと、あまり食べなれない料理だと食が進まないようです。献立の一品はお肉かお魚を入れてほしいのですが、脂こいものは好きではありません」
ハレルヤではマクロビオティック出張料理をしているので、普段あまり動物性の食材は使わないのですが、今回は特別に対応させていただきました。
料理は身体の栄養、会話はこころの栄養
いつも一緒にいて気を紛らわせてくれるワンちゃんも、リハビリ中のお母様ひとりでは散歩に連れていくのも儘ならず、ペットホテルに預けているため、家の中はひっそりしています。
ひとり家の中で過ごしていると、一日は思いのほか長く感じられます。
そんなお母様には話相手も必要だったようです。
パーソナルシェフの仕事は、おいしいお料理をつくることだけではありません。料理以外にも、召し上がっていただく方との会話、料理中の所作、テーブルセッティングなど五感で感じるもの全てを食事の一部だと考えて提供しています。
とりわけ、召し上がる方との会話を大切にしています。
季節は春 ― 窓の外には満開を過ぎたばかりの桜の花びらがハラハラと散り始めています。パーソナルシェフは料理の手を止めて、しばらくお母様と桜を眺めながらいろんなお話をさせていただきました。
ご両親の想い出、お嬢様のこと、食器や家の調度品へのこだわりなど、たわいもない日常の会話かもしれませんが、話をしていくうちに、食べる人とつくる人の心が通い始めるのです。
そして、「この人に食べていただきたい」という想いがこみ上げてくるのです。
お母様においしく召し上がっていただいて、早く元気になって、またお散歩やお出かけを楽しんでいただきたい。そんな願いを込めて〝一皿入魂〞でお料理させていただきます!
さて、そろそろお料理に戻らないと……。
お母様は料理中もダイニングのイスにじっと座って、料理の音、気配を楽しんでいらっしゃるようです。
「いい匂いね、何ができるのかしら?」
このときのお料理を簡単に説明しましょう。
「若竹煮」は、下処理をした筍を出汁で柔らかく煮て、最後に新ワカメを加えてさっと煮ます。山と海の出会いが調和した春のお料理です。
「白身魚の酒蒸 梅肉ソースを添えて」は、昆布に挟んでふっくら酒蒸にした白身魚に、春を感じる菜の花を添えました。酸味のある梅肉ソースで召し上がっていただきます。
「新じゃがのポテトサラダ」は、瑞々しい春の新じゃがを使ったポテトサラダです。
長い一日を家の中で過ごされるお母様にとって食事は唯一の楽しみです。
料理で季節を感じていただきたくて、今回は筍を用意させていただきました。テーブルに着いているときも春を楽しんでいただけますように!